2013年8月31日土曜日

【このブログの趣旨と「読みかた」】


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みなさん、こんにちは。「民族差別(レイシズム)への抗議行動・知らせ隊」です。

このブログは、関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺について、当時の証言や記録を、90年前と同じ日の同じ時刻に掲載し、虐殺や暴行があった現場の現在の姿をとらえた写真をあわせて掲載していくというものです。9月第1週は毎日、とくに最初の数日は日に複数回、記事を掲載していく予定です。その上で、9月末までにはブログ更新を停止します。

今年は、1923年(大正12年)9月1日に起こった関東大震災から90年になります。

関東大震災は10万人以上の死者・行方不明者を出した大惨事でしたが、これにさらに悲劇を加えたのが、混乱のなかで「朝鮮人が放火している」「井戸に毒を投げている」といったうわさを真に受けた人々が刃物や竹ヤリなどで武装して行った、朝鮮人(さらには中国人)の無差別虐殺でした。行政や軍もこのうわさを事実と思い込み、率先して広め、ときには殺害を実行さえしました。関東一円で、数千人とも言われる朝鮮人と、数百人の中国人が殺されたのです。

そこにはいろいろな要素がありますが、流言を生み出し、虐殺を後押ししたのが「民族差別(レイシズム)」であったことは確かです。90年前の9月、多くの普通の人々が、行政が、取り返しのつかない差別犯罪(ヘイトクライム)に手を染めたのです。東京はそのとき、かつてのユーゴやルワンダのようなジェノサイドの街でした。

昨年(2012年)以降、韓国人の多く住む新大久保で差別主義者(レイシスト)が民族差別デモを繰り返すようになりました。一方、これに対して多くの人が現場に駆けつけ、プラカードを掲げるなどして、抗議の声をあげるようになりました。私たち「知らせ隊」は今年の3月以降、こうした抗議行動について通行人に知らせるなど「知らせる」ことに限定した本当にささやかな行動をしてきました。

私たちは新大久保で、レイシストが「朝鮮人を皆殺しにしろ」と叫ぶのを繰り返し聞いているうちに、関東大震災時の朝鮮人虐殺に思いをはせるようになりました。いつ直下型の大地震が来てもおかしくない都市で、90年前と同様に「朝鮮人を皆殺しにしろ」という叫びがまかり通っている。これはとてもまずい―。
災害時に、差別によって誰かが殺されるようなことをくり返させないためには、関東大震災時の歴史的事実について知る必要があります。でも、大事なのは知識として「知る」だけではなくて、「感じる」こと、「想像する」こと、「心に刻む」ことなのではないか、と私たちは考えました。このブログ企画は、そのために始めました。

このブログでは、明日の9月1日以降、さまざまな記録や証言を、それが起きた日の同じ時刻に掲載していきます。たとえば1923年9月2日の朝5時、釜山出身の若者、曺仁承(チョ・インスン)さんは、目の前で3人の同胞が殺されるのを目撃しました。その証言を私たちは2013年9月2日の朝、掲載する予定です。また多くの場合、事件がおきた現場の現在を撮影した写真もあわせて掲載します。

朝鮮人・中国人虐殺については、あまりにも多くの記録や証言がありますが、ここでは規模や歴史的な重要性、全体像がわかるものよりも、人々の姿と、彼らが経験した状況が見えるものを中心に選びました。また、虐殺は関東一円で行われましたが、ここでは主に私たち「知らせ隊」メンバーが暮らす東京に絞っています。
虐殺の大部分は9月5、6日までに起こりました。私たちのブログも、それに合わせて9月中旬にはまとめ、遅くとも9月末には更新を停止する予定です。

ちなみに、プロジェクトの名につけた「相思華」とは、彼岸花の韓国での名前です。彼岸花には「悲しい記憶」「あなたを想う」「再会」などの意味があるようです。


明日以降の毎日の更新に注目し、また、twitterなどで知らせていただくことで、多くの人とともに90年前の「時間」と「現場」を心に刻むことができればと思います。



民族差別(レイシズム)への抗議行動・知らせ隊
2013年8月31日午後11時
sirasetai5595■yahoo.co.jp


Blog ”Tokyo – Sights in September”

90 years have passed since the Great Kanto Earthquake in which about 100,000 people were killed. We also have to remember another tragedy in the aftermath of the quake – estimates say thousands of Koreans and hundreds of Chinese were murdered by the Japanese soldiers and civilians who were driven by rumors that Koreans were setting fires or pouring poison into wells. Tokyo turned into scenes of genocide.

We are going to post witness accounts and records from the time on our blog on the same day at the same time of each murder case, starting at 1:00 am on the September 2nd until the end of the month.
Don’t miss it!

Anti-Racism Publicity Collective
sirasetai5595■yahoo.co.jp


브로그“9월, 도쿄의길바닥에서”소개

우리는 민족차별에 반대하는“시라세타이(민족 차별에 대한 항의 행동과 그것을 알리는 연대)”입니다.

1923년 9월 1일, 도쿄에서 대지진이 발생해 약10만명이 희생이 되었습니다. 그러나 또 하나의 비극이 그 후에 일어났습니다. “조선인이 방화했다”등의 근거 없는 소문을 믿은 민중과 군대가 수 천명이라고도 하는 조선인들과 수 백명의 중국인을 살해했습니다. 도쿄는 그 때, 집단 학살의 거리였습니다.

저희들의 브로그는 90년 전에 일어난 그 비극을 전하는 증언이나 기록들을 그것이 전하는 사건과 같은 날의 같은 시간에 게재한다고 하는 것입니다. 예를 들어 1923년 9월 2일의 사건의 증언은 2013년 9월 2일 아침에 게재합니다.
브로그는 내일9월 1일부터 시작되어 길어도 9월중에는 갱신을 종료할 것입니다. 주목해 주십시오!

시라세타이(민족 차별에 대한 항의 행동과 그것을 알리는 연대)
sirasetai5595■yahoo.co.jp


En la 1-a de septembro 1923, en Tokio okazis granda tertremo kaj 100,000 homoj mortis. Sed alia tragedio okazis poste. Japanoj kaj japana armeo kiuj kredis onidiron “Koreoj bruligas.” k.t.p. mortigis eble kelkmil koreojn kaj kelk cent ĉinojn. Tiam Tokio estis masakra urbo.
Ĉi tiu blogo aperigas ateston kaj dokumenton pri la tragedio antaŭ 90 jaroj, en sama tago kaj sama horo de la afero ĉijare. Ekzemple, la atesto pri la afero en la 2-a de septembro en 1923 aperos en la 2-a de septembro en 2013.
La blogo komenciĝos morgaŭ kaj finiĝos en almenaŭ septembro. Notu la blogon !